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(01/21)


〈1〉

「さて、まず君は何が分からないのだね?」
 真っ白な顎ひげをぶちぶちと引き抜きながら、先生が尋ねてきた。
「何が分からないのか、まずそれが分からないのです」僕はそう答えた。「いったい自分は、何が分かっていて何が分かっていないのか。あるいは何も分からないのか、それさえも分からない」
「君は若い」先生は笑った。「そして正直だ。正直なのはいいことだ、何より若いうちはな。正直を武器にするのでなければ、いったい何をもって世の中と渡り合うことができよう。そして人は歳を経るとともに欺瞞を身につけていく。それでいい。さて、正直な君のために、老いぼれてすっかり不正直者となった私から、ひとつアドバイスをあげよう。君は今大いなる思索の世界の、ほんの入り口の扉の前に立っている。ところでこの思索するということは、こんがらがった糸をほどくような作業で、最初からすべてを解きほぐしてみようなどと考えれば、ますます混迷を深めることになる。糸口を見つけることだ。とりあえず手元の糸を一本握り締め、それを決して離さないようにしなさい。そこから結び目を一つずつほぐしていく。それしかない。そして寿命の大半を使い終えたところでようやく、この結び目をすべて解きほぐすには、人生はあまりにも短すぎることに気づく。だが不思議と徒労感はない。それでいい」
 先生の言うことは僕にはどうもピンとこなかった。得心のいかないのが顔に表れたのか、僕の表情を見て先生はまた笑った。顎ひげをまた少し引き抜いてふっと息で吹き飛ばし、先生は続ける。
「いささか比喩に傾きすぎたようだな。分からないことが無数にあるなら、まず何か一つ問いを立ててごらん、と言っているんだ。何でもいい、君の分からないことを一つ取り出してそれを問いとし、深く掘り下げてみなさい。どんな問いでも構わない、どうせ最後には行くべきところに行きつくのだから」
「でも、先生。僕はどんな問いを立てたらいいのかさえ、皆目見当もつかない。それすら分からないのだったら、どうすればいいのです?」
「ほう。ほほう」
 先生は腕組みをして、大仰にうなずいた。
「君は筋金入りの正直者らしい。もう少し愚鈍であると教えるほうも楽なのだが。大丈夫、どんなくだらない問いでも構わないんだ。考えるんだ。君の意識の内側と外側にあるすべての概念や事象や存在に問いを投げかけてみるのだ。疑いの目を向けろ。すべてのセンテンスに疑問符を付けろ。それだけだ。ダイスを転がす程度の勇気があれば、いつでもこの広大な思索の世界に入っていける」
 僕は考えた。教室の中をぐるりと見回して考えた。きっちりと並べられた八十組以上の机と椅子のうち、使用されているのは僕の使っている一組だけだ。先生は教壇に立って、最前列の席に一人で座る僕を見下ろしている。白髪頭に真っ白な顎ひげ、黒ぶち眼鏡の先生。僕は尋ねた。
「だけど先生、あなたは、誰なのです?」
 一瞬、辺りの空気が凍りついたように感じられた。僕の質問を受けてしばらく固まっていた先生は、次の瞬間、まるで火山が噴火するときのような勢いで、哄笑した。
「面白い、君はまったく面白いねえ。それは本当に面白い問いだ。考えてごらん。私は、誰なのか。それを君の出発点にしよう。それがいい。非常に正統派の問いかけだ」
 先生はまた笑う。笑い声がぐわんぐわんと頭の中で共鳴して、次第に僕は頭を殴りつけられているような気分になる。そのうち誰かが、僕と先生の他に誰もいないはずのこの教室で誰かが、背後から突然僕の頭にドラム缶をかぶせ、金属バットで殴り始めたのだ。ぐわんぐわん。ぐわんぐわんぐわん。頭が割れそうになる。ぐわんぐわんぐわんぐわん……。